EPOにおける暗号技術-際立つ特許付与の増加

By Thomas Brick, アソシエイト

秘密の軍事暗号とかエニグマ暗号機[1]のことは、もう忘れてください。近ごろの暗号技術は、インターネットやモバイル通信ネットワークの土台を支えており、結局のところコンピュータにより実施される数学的方法なのです。これらの方法は、オンラインバンキング、決済やショッピングから、WhatsAppやSignalなどのインスタントメッセージングシステムまで、様々なアプリケーションにおいても重要な役割を果たしています。近年において高まる暗号技術のアプリケーションへの関心は、その名前が示すように、暗号通貨や関連するブロックチェーン技術によって加速しているのかもしれません。

幸いなことに、コンピュータにより実施される暗号技術の数学的方法は概して「技術的」とみなし得る、即ち「技術的貢献」をし、「技術的目的」に寄与する「技術的効果」をもたらす可能性があると、EPOは認識しているように思われます[2]。こと暗号化方法に関しては、数学的方法とコンピュータソフトウェア(コンピュータプログラム)は「非技術的」でありり、「それ自体」は特許対象から除外されるとするEPOの伝統的見解は、回避されるようです。

暗号技術特許出願の動向

暗号技術とその用途は、IPC(国際特許分類)およびCPC(共通特許分類)システムに基づくいくつかの区分に結構うまく適合するため、暗号技術に関して公開された欧州特許出願件数の増加を追跡することができます[3]。

2022年に公開された「暗号技術」欧州特許出願の件数(約2,400)は、2013年に公開された件数(約550)の4倍以上でした[4]。これに対し、2022年に公開された欧州特許出願全体の件数(約195,000)は、2013年(約150,000)の(わずか)約30%しか増加していません。言い換えると、暗号技術の欧州特許出願は、依然として欧州特許出願全体のごく一部しか占めていないものの、2013年から2022年の10年間で、暗号技術出願の比例増加は、出願全体の増加の10倍だったのです。2023年に公開された暗号技術欧州特許出願の件数は、2022年に公開された件数と少なくとも同等と思われます[5]。

図1 公開された暗号技術EP出願 2010年-現在

地域的な暗号技術特許出願活動

2013年から2022年にかけて(恐らく2023年も)、公開された暗号技術欧州出願の件数を見ると、米国の出願人が群を抜いて最も活動的でした。2023年には、中国の出願人が2番目に活動的と推測され、その後にドイツ、スイス、フランス、日本、韓国、スウェーデン、英国、オランダ、フィンランド、イスラエルとカナダが続きます。これらの国の出願人を合わせると、2013年から2023年に公開された暗号技術欧州出願の約90%を占めています。

図2 公開された暗号技術EP出願の地域別内訳 2013年-現在

暗号技術EP出願人

2023年に約2,400件の暗号技術欧州出願が公開されました。約750名の出願人が関与しています。上位10位の出願人が公開出願の四分の一を占めており、上位40位の出願人が公開出願の半分を占めていました

注目すべき点として、2023年において最上位の出願人であるHuaweiは、全ての公開された暗号技術欧州出願の約7%を占めており、2番目に活動的な出願人nChainの公開された暗号技術欧州出願件数の2倍になります。

表1 2023年に公開された暗号技術EP出願-上位40位の出願人

暗号技術特許の動向-2023年に特許付与が大幅に増加

2022年に付与された暗号技術欧州特許の件数(約1,000)は、2013年に付与された件数(約170)の5倍以上でした。これに対し、2022年に付与された欧州特許全体の件数(約82,000)は、2013年(約67,000)を約25%上回っています。2013年から2022年の10年間にかけて、付与された暗号技術特許の比例増加は、特許付与全体の増加の20でした。

暗号技術特許の付与件数は、2020年から2022年にかけて少し(約6%)減少しましたが、2020年から2022年における特許付与全体の比率の低下(約40%)とは比べ物になりません。

入手できた情報によると、2023年末における特許付与の合計は、2022年の特許付与の合計と比べて回復していました(特許付与が約23,000件増加、即ち28%増加)。一方、2023年に付与された暗号技術特許は、2022年より75%も驚異的に増加し、2022年の約1,000件から2023年は約1,750件に跳ね上がっています。

図3 付与された暗号技術EP特許 v 付与された欧州特許全体

暗号技術EP特許権者

2023年に500から600名ほどの特許権者が、1,750件の暗号技術特許を取得しました。上位1位と2位の特許権者が、これらの特許の約12%を占めています。上位10位の特許権者が30%を占め、上位42位の特許権者は、付与された暗号技術特許の55%を占めていました。

表2 2023年に付与された暗号技術EP特許-上位42位の特許権者

興味深い点として、2023年のEP特許付与件数でAlibabaは首位にもかかわらず、上記の公開されたEP特許出願の表1では、上位のどこにもAlibabaは見当たりません。2023年に公開されたAlibaba Groupの暗号技術EP出願は、わずか8件でした。

暗号技術EP出願の結果-特許付与の可能性の増加

特許付与の他に、EP出願は拒絶、取下げまたはみなし取下げという結果になる場合もあります。2013年から2022年まで年ごとに暗号技術EP出願を見ていくと、これら3つの結果の件数は多少ばらつきがあるものの、暗号技術の特許付与件数の変化に比べると驚くほどではありません。

図4 EP暗号技術特許出願の最終的な結果

2022年にいずれか1つの最終結果まで処理された暗号技術出願のほぼ80%の結果が、EP特許付与でした。この80%という特許付与率に比べて、2013年の暗号技術の特許付与率は40%でした。2019年から2022年にかけて、70%から80%の間という暗号技術出願の特許付与率は、70%を下回ったEP出願全体の特許付与率と比べてもひけを取りません。

図5 EP暗号技術特許出願の相対的な結果

特許付与の件数と出願取下げの件数に関して、2023年末に入手できた情報はさほど変動せず、大きな修正はないと思われます。しかし、拒絶された出願とみなし取下げとなった出願の件数については、かなりの上方修正が必要となるかもしれません。つまり2023年の暗号技術出願または出願全体の特許付与率は、まだ確定しておらず、2023年末に入手できた情報が示す比率(暗号技術出願85%;出願全体77%)から下がる可能性もあります。

暗号技術EPの展望

2023年における暗号技術出願の特許付与件数の驚異的増加を、EPO業務活動の一時的な気まぐれとして片づけるにしても、近年における暗号技術出願の特許付与率は、コンピュータにより実施される暗号技術の数学的方法を「技術的」とみなし得るというEPOの認識を示しているように思われます。ソフトウェア発明の特許付与に概して否定的だったEPOのこのような姿勢の転換は、世界中の暗号技術分野におけるイノベーターにとって朗報といえます。

この記事は一般的な情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。この記事または他の主題に関して助言が必要な場合は、hlk@hlk-ip.comまたは担当のHLKアドバイザーまでご連絡ください。

参考資料

[1] 意外かもしれませんが、エニグマ暗号機は1920年代に特許を取得し、公開されています。https://patents.google.com/patent/US1657411などを参照。

[2] 例えば、2023年3月付けEPO審査ガイドライン、第G部、第II章、3.3「数学的方法」は、次のように述べています。

数学的方法の技術的貢献の例:[…] 電子通信の暗号化/復号化または署名;RSA暗号システムにおける鍵の生成;

コンピュータ実施発明に関して、第G部、第II章、3.6.1「更なる技術的効果の例」は、次のように述べています。

ある方法が、コンピュータにより実施されるという単なる事実を超えた技術的性質を持つ場合、その方法を記述している該当するコンピュータプログラムは、コンピュータ上で実行される際に更なる技術的効果をもたらす。例えば、電子通信を暗号化する[…]方法を記述しているコンピュータプログラムは、コンピュータ上で実行される際に更なる技術的効果をもたらす(G-II, 3.3を参照)。

[3] 主要な暗号技術IPC/CPC区分は、H04L 9/00-H04L 9/38(デジタル情報の伝送;秘密または安全通信の構成)およびG09C 1/00-5/00(秘密にする必要のある暗号その他の目的のための暗号化または復号化装置)です。

[4] このデータと後続のデータは、EP Bulletin Searchデータベースの情報に基づいています。

[5] 2023年に公開され、主要な暗号技術IPC/CPC区分に割り当てられた出願の件数については、出願が調査と審査の対象となり、再分類されることもあるため、変化する可能性があります。