統一特許裁判所の6か月

By Matthew Howell, パートナー

統一特許裁判所(UPC)は予定より遅れて2023年6月1日に運営を開始し、6か月が経ちました。

当事務所は、この最初の6か月から学べることについて調べるため、UPCの統計データおよび早期の判決を掘り下げて検討しました。比較的小さなデータセットからあまりに多くの結論を引き出すことは賢明とは言えませんが、以下に考察するように、いくつかの明確なメッセージが浮かび上がっています。

1. UPCは多忙な裁判所になるだろう

この新しい制度がスタートするまでの数年と数か月の間、UPCが多くの事件を手掛けるのかどうか、どのような人がUPCを利用するのかについて、多くの関心が寄せられていました。最初の運営半年間の統計データが、これらの疑問に対するいくつかの答えを示しています。

現在までに、様々な技術分野の様々な企業規模の原告から100件を超える事件[1]が提起されています。そのためUPCは非常に多忙な裁判所になると予想されます。

これまでに提起された侵害事件の原告のリストには、大企業の名前が散見されます。Panasonicは、同社の世界標準必須特許を巡るOppoおよびXiaomiとの争いのもうひとつの戦線としてUPCを利用し、現在までにUPCの侵害訴訟の四分の一ほどを提起しています。同様にOcadoも、長年の宿敵Autostoreを相手取り3件の侵害訴訟を提起しました。

UPCを早期に採用したこのような大企業の存在は、新しい裁判所への信任投票とみなされる一方で、従業員140人規模の電動自転車メーカーmyStromerのような小規模の企業も参戦していることは、SMEの特許権行使と防御を促進するという目標に向けた進展を示しているため、多くの人にとって喜ばしい状況でしょう。実際、最初の(セントラルアタックによる)一括取消訴訟の原告のリストは、中小企業が大半を占めており、中小企業が競合者の特許を一掃して市場への道を切り開く上で、費用対効果の高い選択肢としてUPCに期待していることがうかがえます。

 

2.オプトアウトの権利を得ることは極めて重要

もちろん全ての人がUPCに乗り気なわけではなく、多くの特許権者が自己の特許をUPCの管轄からオプトアウトする権利を行使しています。UPCの事件管理システムによれば、UPCの運営開始日2023年6月1日直前の3か月にわたるサンライズ期間中に、約420,000のオプトアウトが提出されました。その後も、新しく特許付与または公告された出願やサンライズ期間を逃した特許について特許権者がオプトアウトするため、オプトアウト件数は増え続けています。

オプトアウトの権利を得ることは、UPCの2件の早期判決から分かるように、極めて重要な意味を持ちます。

AIM Sport Vision vs. Supponer事件[2]において、ヘルシンキ地方部は、AIM Sportの欧州特許第EP3295663号のオプトアウトの撤回について、侵害および無効訴訟手続がドイツの国内裁判所で開始された後の撤回であったため、たとえこれらの訴訟手続がUPCの運営開始前に提起されたとしても、無効であると判示しました。

その結果、AIM Sport Visionは現在、この特許に関してUPCの管轄から締め出されています。ゆえにこの特許の侵害について提訴したい場合、国内裁判所に提訴しなければならず、UPCにおける単一の訴訟よりかなりの費用を要するでしょう。

Cup&Cino and Alpina Coffee Systems事件[3]において、ウィーン地方部は、UPCに暫定的差止命令を請求した後に行われたCup&Cinoの欧州特許第EP3295663号に関する(明らかに許可されない)オプトアウトについて、無効である、つまりCup&Cinoはその特許に関してUPCの管轄に固定されることを確認しました。Cup&Cinoは既にUPCにおいて特許権を行使する手続を取っていたため、この事件はCup&Cinoにとって問題にはならないでしょうが、自己の特許がUPCの管轄に拘束されることを望まない場合、UPCに何らかの行動を起こす前にオプトアウトする重要性を浮き彫りにしています。

3.暫定的差止命令が利用可能

UPCの扉が開かれる前は、暫定的差止命令の扱い方についても、たくさんの憶測がありました。特許権者に極めて好意的で、容易に暫定的差止命令を出してくれるのか、それとももっと保守的なのか?

最初の数件の暫定的差止命令判決から判断した答えは、UPCがバランスの取れたアプローチを採用しており、UPC協定と手続規則に定める基準を厳密に適用しているということです。

つまり、UPCは暫定的差止命令を認める用意はあるものの、暫定的差止命令を請求する特許権者は以下のことを求められます。

  • 請求全体において、侵害だけでなく権利行使する特許の有効性についても主張する。
  • 可能な限り迅速に暫定的差止命令の請求を提出する。
  • 便宜の比較衡量に関する説得力のある主張を通して、差止命令が認められなかった場合の特許権者の被害が、差止命令が認められた場合の被告の被害より大きいことを裁判官に納得させる。

UPCは早期の事件において、侵害の問題をかなり深く掘り下げて論じることを厭わない姿勢を示しました。侵害が存在するかどうか、または特許が有効かどうかについて何らかの疑問がある場合、差止命令は認められないでしょう。

この厳格なアプローチは、UPCが企業に製品の取引をストップさせる命令を出すことを軽々しく考えていないという意思表示であるため、企業はこのアプローチを歓迎すべきです。

例えば、まさしく最初の予備的侵害事件[4]において、請求人である10X Genomicsおよびハーバード大学の学長と研究員たちは、欧州特許第EP4108782号(「分析物検出のための組成物および方法」)の侵害を抑止する暫定的差止命令を請求しました。1日半に及ぶ審理後の100ページを超える判決書において、ミュンヘン地方部は、請求された差止命令を認め、次のように認定しました。

  • 特許が有効であった可能性が高い(被告の1人により提出された係属中の異議申立にもかかわらず)。
  • 被告による直接的および間接的侵害の可能性が高い。
  • 暫定的差止命令を請求する際に不当な遅延がなかった。
  • 被疑侵害品により予想される損害は、暫定的差止命令を正当化する上で十分であった。
  • 請求人の権利が侵害されない場合の請求人の利益は、発展途上市場における市場占有率を獲得する被疑侵害者の利益より大きい。

対照的に、同じ当事者が関与する2番目の判決において、請求人は欧州特許第EP2794928号(EP4108782の親特許)の侵害を抑止する暫定的差止命令を請求していましたが、ミュンヘン地方部は暫定的差止命令を認めることを拒否し、次のような理由を述べました。

  • 付与された特許の侵害があったとの心証を得られなかった。
  • 特許の有効性について確信できなかった。
  • 特許は2019年2月20日に付与されており、もっと早く国内裁判所に訴訟手続を提起できたため、暫定的差止命令を請求する際に不必要な遅延があった。

同様に、Cup&Cino and Alpina Coffee Systems事件において、請求人は欧州特許第EP3398487号(「泡状ミルクを生産する方法および装置」)の侵害を抑止する暫定的差止命令を請求しました。ウィーン地方部は、被疑侵害品を詳細に調査した後、特許の侵害があったとの心証を得られなかったため、暫定的差止命令の請求を拒否しました。

その一方で、myStromer vs. Revolut Zycling事件[5]では、請求人は欧州特許第EP2546134号(「自転車フレームとモーターハブの組合せ構造」)の侵害を抑止する暫定的差止命令を請求しました。デュッセルドルフ地方部は、被疑侵害品が開催中の見本市で被告により展示されていたため、請求が一方的審理を正当化できるほど十分に緊急を要することに同意しました。

デュッセルドルフ地方部は以下のことに納得したため、暫定的差止命令を認めました。

  • 特許が侵害された。
  • 特許は2015年に付与され、後のEPO異議申立も国内無効訴訟もなかったため、有効性の十分な証拠が存在した。
  • 差止命令が認められない場合、請求人が回復不能な損害を被る十分な証拠があった。

4.証拠保全命令

UPCが命令できる暫定的措置の一部は、他の裁判所制度の利用者には馴染みがないかもしれません。そのため証拠保全命令のような救済手段は、UPCの運営開始までの準備段階で多くの関心を集めました。

いくつかの早期判決から、UPCがこれらの暫定的措置を扱う方針の指標が見えてきます。極めて緊急を要する状況では、一方当事者の請求を審理することを厭わず、請求人が侵害の可能性と特許の有効性に関する証拠の基準を満たし、侵害訴訟を提起する意向を表明した場合には、証拠保全命令を認める姿勢を示しています。

しかし、UPCはここでもバランスの取れたアプローチを採用しており、指名された個人だけに証拠の収集を許可し、収集された証拠の使用を同一事件に関連する後の手続だけに制限するといった条件を付けています。それゆえ潜在的被告は、原告が競合者の機密情報を入手・使用する口実として証拠保全命令を利用することは許されないと、ある程度確信できます。

Oerlikon Textile vs. Bhagat Group事件[6]において、ミラノ地方部は、欧州特許第EP2145848号(「仮より機」)の被疑侵害に関する証拠保全命令の請求を審理しました。国際見本市の終了間際で関連証拠が喪失する恐れが生じたため、この請求は一方当事者の申立に基づいて審理されました。

ミラノ地方部は、以下の理由により、証拠保全命令を認めました。

  • 請求人は侵害訴訟を提起する意向を表明した。
  • 請求人は特許の所有権を証明した。
  • 特許付与後の異議申立がなかったため、特許が有効である可能性が高かった。
  • 侵害の主張を裏づける証拠書類が存在した。

同様の命令がOerlikon Textile vs. Himson Engineering事件[7]においても認められました。

5.立入検査命令

立入検査命令は、UPCに請求できるもうひとつの救済手段です。UPCは原告が被告の敷地に立ち入り証拠を収集することを許可する権限を持っており、その権限を行使する用意があることを示しました。

ただし、立入検査命令を認める基準は高く設定されています。請求人は特許の有効性と侵害を十分に証明し、どのような証拠がなぜ必要かを説明しなければなりません。

さらに裁判所が立入検査命令を認める場合でさえ、ここでも収集された証拠の乱用を防止するための条件が付けられます。

Progress Maschinen & Automation vs. AWM S.R.L. and Schnell事件[8]において、請求人は欧州特許第EP2726230号(「メッシュタイプサポートを継続的に生産する方法と装置」)の被疑侵害に関して立入検査および証拠保全命令を請求しました。ミラノ地方部は、被告が法的措置に気づけば証拠を破壊する恐れがあったため、この請求を一方当事者の申立に基づいて審理しました。

ミラノ地方部は、以下の理由により、立入検査命令を認めました。

  • 請求人は、請求された立入検査により入手した証拠に依拠して、侵害訴訟を提起する意向を表明した。
  • 請求人は特許の所有権を証明した。
  • 特許付与後の異議申立が提出されたがEPOにより拒絶され、特許が付与された状態で維持されているため、特許が有効である十分な証拠が存在した。
  • 侵害の主張を裏づける十分な証拠が存在した。

6.UPCは強制力を持つ

さらにUPCの早期判決から明らかになったのは、UPCが強制力を持ち、その強制力を用いることを厭わない裁判所であるということです。

myStromer vs. Revolut Zycling事件において、デュッセルドルフ地方部は、複数の国において侵害品である電動自転車の販売または提供をRevolutに禁じる暫定的差止命令を出しました。

この命令は2023年6月23日にユーロバイク見本市でRevolutに送達されましたが、Revolutはその日の午後6時まで展示ブースの撤去を遅らせ、試乗を勧めるインスタグラム記事は翌日まで削除されませんでした。より深刻なことに、試乗バイクがドイツの小売業者に供給され、2023年9月24日の開店日に使用されたのです。

デュッセルドルフ地方部は、これらの行為が暫定的差止命令の違反にあたると認定し、将来の更なる違反に対する抑止力として、Revolutに26,500ユーロの違約金の支払いを命じました。同地方部は、違約金の額の論理的根拠として、以下のとおり内訳を示しました。

  • 展示ブースの運営の継続に対して1000ユーロ
  • インスタグラム記事の削除の遅延に対して500ユーロ
  • 試乗バイクの供給に対して25,000ユーロ

Revolutは強制措置の費用の75%の支払も命じられました。

この命令は、UPCの命令を無視する者には金銭的な処罰を課すという明確なメッセージを送っています。

UPCの将来

UPCは順調なスタートを切っており、今後その評判が高まるにつれて取り扱う事件数は増える一方でしょう。

2024年後半に見込まれている、最初の確定判決と命令が待ち望まれています。

当事務所はUPCにおける進展を注意深く見守っており、これからも最新情報を提供してまいります。UPCに関する更なる情報については、当事務所のウェブサイトの専用エリアを閲覧いただくか、当事務所の 専門家の一人にお問い合わせください。

[1] Cases publicly accessible on the UPC Case Management System on 27 November 2023

[2] AIM Sport Vision AG vs. Supponor Oy; Supponor Limited; Supponor SASU; Supponor España SL; Supponor Italia SRL, UPC_CFI_214/2023

[3] Cup&Cino Kaffeesystem-Vertrieb GmbH & Co. KG vs. Alpina Coffee Systems GmbH, UPC_CFI_182/2023

[4] 10X Genomics, Inc. and the President and Fellows of Harvard College vs. NanoString Technologies Inc., Nanostring Technologies Germany GmbH and Nanostring Technologies Netherlands BV, UPC_CFI_2/2023

[5]myStromer AG vs. Revolut Zycling AG, UPC_CFI_177/2023

[6] Oerlikon Textile G.M.B.H. & Co. K.G. vs. Bhagat Group, UPC_CFI_141/2023

[7] Oerlikon Textile G.M.B.H. vs. Himson Engineering Private Limited, UPC_CFI_127/2023

[8] Progress Maschinen & Automation AG vs. AWM S.R.L. and Schnell S.P.A., UPC_CFI_286/2023

この記事は一般的な情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。この記事または他の主題に関して助言が必要な場合は、hlk@hlk-ip.comまたは担当のHLKアドバイザーまでご連絡ください。