最近のEPO審判部の審決T 1214/21 は、異議部が口頭審理中に検討すべきクレーム請求の数を恣意的に制限してはならないことを確認しました。さらにクレーム請求の許容性と特許可能性に関する決定は、適切に論証されなければなりません。
背景
EPOにおける異議申立手続において、特許権者は異議部に検討してもらうために複数のクレーム請求を提出するのが一般的です。このような請求には通常、特許権者にとって最も好ましい結果――特許付与されたクレームに基づく、または相対的に最小限の補正による特許の維持――を主張する主請求と、減縮されたフォールバックポジションを明示する副請求が含まれています。異議部は、これら請求の1つが特許可能と認定されるか、検討すべき請求がなくなるまで、特許権者が提示した順番で各請求を審査しなければなりません。特定の請求が特許可能と認定された場合、異議部は後続の請求を検討しません。
EPOは、特許権者が特許の補正請求を提出できる方法と時期について制限を定めています。例えば、補正はEPC第100条(EPC規則80)に定める異議申立理由の少なくとも1つに起因する、または先の国内権利(EPC規則138)に対処するものでなければなりません。さらに補正は、拡大審判部審決(G 3/14)および主題の追加の禁止(EPC第123条(2)項)と特許付与後の保護範囲の拡大禁止(EPC第123条(3)項)に従い、明確性要件(EPC第84条)を遵守しなければなりません。
さらにEPOは、異議部の口頭審理に備えて意見書を提出する期限(EPC規則116(1)に基づく)を指定するため、特許権者は異議申立書の受領からこの期日までの間に、請求を提出することができます。異議部は、この期日後に(口頭審理中を含む)提出された請求については、「期限後の提出物」として無視する裁量権があります。ただし、異議部は口頭審理の主題の変更により必然的に生じた期限後の提出物である請求については、許容する義務があります。例えば、異議部が一応の関連性により新しい事実、証拠もしくは理由を認めた場合、または異議部が特定の争点について意見を変えた場合が当てはまります。
異議部は、請求の許容性について決定を下す際、全ての関連要因を評価しなければなりません。このような要因には、補正が一応許容可能かどうか、さらに一連の請求が全体的に特定の発明に向かって収束している(即ち、各請求が実質的に異なる主題に向かって分散していない)という意味で、一連の請求に「一貫性がある」かどうかも含まれます。
重要な点として、異議部が特定の請求を許容しない決定を下す場合、その決定の根拠を示さなければなりません。EPOの審査ガイドライン(E-X, 1.3.3)は、審査部または異議部による理由の説明が、その決定の根拠を実証しなければならないことを明確にしています。とりわけ異議申立手続の当事者により提出された全ての重要な主張は、慎重に審査され、最終的な決定書において包括的に議論されるべきです。
審決T 1214/21
最近の審判部の審決T 1214/21は、SK Innovation Co., Ltdに付与された「層状リチウムニッケル酸化物、同酸化物とこれを用いるリチウム二次電池の製造方法」という名称の欧州特許EP2789585B1に関するものです。
この特許は、リチウム二次電池の正極活物質に用いる金属酸化物粒子の保護を請求しています。同粒子は化学式LiaNixCoyMzO2により定義され、特許クレームは、金属Mの元素候補およびa、x、yとzの数量の範囲を明記すると共に、金属酸化物粒子の表面から中央部に向けて金属Mの濃度が減少する濃度勾配を要件としています。
この特許は、ストローマン(即ち、実際の異議申立人を隠すために用いられる第三者)により異議を申し立てられ、口頭審理の終了時に最終的に取り消されました。
異議申立手続の一部として、特許権者は、金属酸化物粒子の組成を再定義する、または濃度勾配をさらに特徴づけるためにクレーム1を補正する、複数の請求を提出しました。異議部は口頭審理において、EPC規則80およびEPC第123条(2)項を遵守していないとして主請求を却下し、さらにEPC第123条(2)項または(3)項の要件を満たしていないとして2つの副請求も却下しました。その際に異議部は、提出された残りの全ての副請求について「……既に議論された請求と同じ理由により、おそらく特許可能ではないと思われる」と述べています。さらに異議部の審査長は特許権者に対し、1つの追加請求の提出のみを許可すると伝えました。結局、この特許は取り消されました。
しかし審判請求において、審判部は、異議部が複数の副請求の取扱い方法において手続上の誤りを犯したと認定しました。
第一に、口頭審理後に異議部により出された決定書は、残りの副請求が許容可能または特許可能とみなされない理由について論証していないと、審判部は指摘しました。これは実質的な手続上の違反に当たると認定されています。
第二に、異議部は既に提出されている他の請求を検討することなく、口頭審理中に1つの追加請求のみを許可したことにより、実質的な手続上の違反を重ねたと、審判部は認定しました。審判部はこれに関して、異議部が1つの副請求しか許容せず、最初から明確な理由もなく他の全ての副請求を却下した事件に関する、先の審決T 756/18を引用しています。
これらの手続上の問題に加え、審判部は、審判請求手続で許容された副請求3がEPC第123条(2)項と(3)項を遵守していると認定しました。
それゆえ審判部は、異議部の決定を破棄し、開示の十分性、新規性および進歩性の審査のために事件を差し戻すと共に、審判請求料を返金しています。
コメント
この審決により、異議部は特許権者から提出された各請求の許容性(および許容された場合は、特許可能性)を慎重に検討しなければならず、検討すべき請求の数を恣意的に制限してはならないことが確認されています。また、あらゆる最終的な結論は実証されなければなりません。
当事務所の化学・生命科学・材料チームのパートナー、マグナス・ジョンストンは、次のようにコメントしています。
「審決T 1214/21は、異議部が十分な理由なしに、または期限後に提出されたという理由だけでクレーム請求を恣意的に却下すべきではないことを思い出させてくれる有益な審決です。長年にわたり様々な機会に、異議部が自らの予備的見解を取り消した場合でさえ、異議部の審査長が「1つの追加請求のみを許可する」と述べる状況に遭遇してきました。EPOの第一審部門で特許を防御する代理人は、審査ガイドラインと審判部の判例法で武装し、口頭審理におけるこのような実務に警戒し、異議を唱える準備をしておくべきです。特許を攻撃する側の代理人でさえ、異議部によるこのような実務に警戒すべきです。なぜなら審決T 1214/21のように、第一審部門で「勝利」のように思われても、結局のところ10年ほどにわたり異議部と審判部の間で行ったり来たりする可能性があり、その期間中、異議申立人にとって法的安定性は望めないからです。」