チャットボットサービスChatGPTを展開するAI開発会社OpenAIが、最新言語モデルGPT-4の実際の機能方法の詳細を非公開にする決定を下したことは、大きなニュースになりました。
同社はこれまでの先行モデルについては、その詳細を積極的に公開してきましたが、GPT-4のリリースに伴うテクニカルレポートには、「アーキテクチャ(モデルサイズを含む)、ハードウェア、トレーニング計算、データセット構築、トレーニング方法などに関する追加の詳細」は記載しないと述べられていました。レポートは競争優位を維持する必要性を強調する一方で、GPT-4のような大規模なモデルの安全性の問題を考慮してこの決定を下したと指摘しています。
開発者コミュニティは長年にわたり「オープンソース」原則を支持しており、これによりソースコードが一般に公開され、他者による使用または変更が可能なため、コラボレーションが促進され、お互いの成果に基づいて開発を進めていくことができます。しかし、OpenAI(その名称が示すように、オープンソースが設立の理念であった)のような会社が自社モデルの機能を独占しはじめると、オープンソース原則の将来、さらにAIイノベーションの保護にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
他の会社はどのような方針を取っているか?
AI分野で活動している会社は、自社のAI発明を保護するかどうか、どのように保護するかについて様々な立場を取っています。
例えば、Googleは継続的なオープンソースAIに対するコミットメントについて、自社のオープンソースソフトウェア戦略は、AIモデルの「アイディアから生産まで」のライフサイクル全体をカバーすると主張しています。さらにGoogleは、AI関連の特許出願を極めて積極的に提出しており、自社のAI発明の少なくとも一部について他者による使用を阻止する意向を示唆しています。そのような発明には、ChatGPTのようなシステムへの道筋をつけた 中核的な自己注意機構の一部も含まれるでしょう。
他にはIBMが今年初めに、自社の知財戦略の抜本的な変更を発表しました。29年間にわたり米国における最上位の特許出願人であった同社は、今後はより選択的な特許取得アプローチへと舵を切り、AIのような専門領域における進歩の実現に焦点を絞ることになります。IBMは特許件数によって自社の成功を定量的に評価することはなくなるでしょうが、同社の上級副社長兼研究部長のダリオ・ギルは、「創造された成果の各部分を保護する思慮深く先見性のある知財戦略がなければ、大規模にイノベーションを実行することはできない」と強調しています。
それゆえAI分野で活動するほとんどの会社は、イノベーションの独占と公開の適正なバランスとはどのようなものかを慎重に検討しはじめているようです。今後のAI業界はオープンソースから秘匿へと大きく舵を切るかもしれませんし、秘匿と特許の組合せに向かっていくかもしれません。
営業秘密への移行?
AI業界がオープンソースから方向転換すると、各社は自社のイノベーションを特許で保護するか秘密に保持するかの選択肢を与えられるでしょう。特許は他者による発明の使用を阻止する独占的権利を与えてくれる代わりに、その発明を一般に開示しなければなりません。対照的に営業秘密は、事業の競争力を支える秘密情報の価値を認めています。そのためAI業界のオープンソースからの方向転換により、AIイノベーションを保護する手段として営業秘密への依存が高まる可能性があります。なぜなら保護と引き換えに情報を一般に開示する必要がないからです。
しかし、営業秘密は独占的権利ではないため、競合者は自由に営業秘密として保護されている製品を独力で生み出すことができます。また、競合者が製品のリバースエンジニアリングを行い、営業秘密を突き止めるリスクもあります。製品のリバースエンジニアリングが不可能であれば、防御的な競争戦略の後ろ盾として営業秘密が比較的有効な場合もあるでしょう。ただし、その分野の技術が進歩して、訓練データセットや基礎となるAIモデル自体のリバースエンジニアリングさえ容易に行えるようになれば、AIソリューションを秘密にしておくことはできなくなっていきます。加えて当然のことながら、開発者が別の会社に雇用され、意図的か不注意かを問わず一部の秘密の知識が競合者に伝わってしまうリスクは常に存在します。
それゆえ秘密保護戦略を用いる会社には、デメリットが付きまといます。例えば、このような戦略の場合、その会社が既に自社製品に使用し、営業秘密により保護している技術について、競合者が特許を取得することが可能です。理論上、競合者はこの特許が侵害されたとして、その会社を提訴することができます。
このような事態が生じた場合、その会社は当該技術に関する独自の特許がないため、応酬することができません。例えば侵害を理由に反訴することもできなければ、クロスライセンス契約を通して訴訟を回避する交渉を競合者と行うこともできないでしょう。このような理由から、競合者がその会社を相手取り侵害訴訟を起こすことを阻止する抑止力はありません。
少なくとも一部の国では、その会社は「先使用権」抗弁により、競合者が特許を取得してしまった自社の技術を引き続き使用できる可能性はあります。しかし、先使用権は、その会社が競合者の特許の優先日より前に使用していた技術にしか適用されません。つまり、競合者の特許において先使用権が適用されないクレームが存在するかもしれません。また、その会社が先使用権により保護される技術を改良した場合も、依然として競合者の特許を侵害する可能性があるため、いつまでも競合者の後塵を拝することになり、商業的に不利な立場に置かれるでしょう。
営業秘密を主軸とする、または営業秘密だけに依存するデメリットを考えると、AI業界がオープンソースから秘匿へ方向転換する可能性にもかかわらず、AI分野で活動する多くの会社が、このような営業秘密中心の方針に移行するとは考えにくいでしょう。AI分野で活動する大半の会社の保護戦略において、特許は依然として重要な役割を果たすと思われます。
透明性を求める圧力の潜在的な影響
注目すべき点として、商用AIモデルを秘密にしておく能力に実際に影響を及ぼす法律の制定が予想されています。例えば欧州連合は、AIを規制する計画を進めており、特定の産業で使用されるAI製品の内部機能を透明化して、欧州の規制要件を遵守させることになるでしょう。問題は、アルゴリズムの透明性にとって最大の障害が営業秘密の概念であるかどうかにかかわらず、この法律が営業秘密の利用に不利に働くかどうかです。
現時点で意図されているところでは、情報の開示は、営業秘密の保護に関する欧州指令2016/943を含む、その分野の関連法に従い行われるものとし、公的機関と公認機関が実体的義務の遵守を審査するために、秘密情報やソースコードにアクセスする必要がある場合には、当該機関は守秘義務を課せられることになります。これに基づき、予定されている欧州法は秘密保持基準の遵守を約束することにより、AIシステムの透明性義務よりも上位に営業秘密を位置づけることが推測されます。
しかし、欧州指令2016/943は、「欧州連合または国内規則を適用して、公益を理由に、営業秘密を含む情報を公衆に対して、または行政もしくは司法当局の職務遂行のために当該当局に対して開示するよう、営業秘密保有者に要求すること」を認めています。そのため「公益」は、AIシステムの透明性を求める合法的理由になり得ると共に、AIを規制する現在のEUの計画によれば、公益には、リスクの高いAI技術が開発される際の衛生、安全、消費者保護および他の基本的権利の保護が含まれる可能性があります(「責任あるイノベーション」)。
それゆえ予想される法律は、AI分野の会社にとって、自社のAIシステムの詳細を秘密にしておく選択肢を制限するものになるでしょう。そうなれば営業秘密の魅力はさらに下がり、各会社は自社のAI発明の特許を取得する方向に進むか、営業秘密と特許の組合せという微妙な決断を迫られるでしょう。
最終的な見解
AI業界がオープンソースから秘匿へ方向転換するにしても、営業秘密に依存する戦略では自社のAIイノベーションを保護できない危険がつきまといます。進化し続けるAI環境がもたらす攻撃や好機に備えるために、AIイノベーションの特許保護を確保しておくことは、やはり重要な意味を持っています。