「グラフェンゴールドラッシュ」の期待は叶えられたか?

2004年にマンチェスター大学でアンドレ・ガイムとコンスタンチン・ノボセロフが初めてグラフェンを分離したとき、一気に関心と期待に火がつき、後に「グラフェンゴールドラッシュ」と呼ばれる状態が生じました。

グラフェンゴールドラッシュのさなか、世界中の学術研究機関がグラフェンの合成、改質および用途に関するおびただしい数の論文を発表し、民間企業も様々な品質のグラフェン製品の販売に乗り出しました

しかし近年では、グラフェンに対する学術界や世間の関心は薄れてきているようで、ニュース記事も滅多にお目にかかれません。

この記事では、特許の世界からデータを捉え直すことにより、グラフェンがグラフェンゴールドラッシュの期待を叶えてきたのかどうかを交えながら、グラフェンの開発と関連技術がどのように進展しているのかについて見ていきましょう。

グラフェンとは何か?

グラフェンとは、二次元ナノ構造のシート状の炭素で、独特な電子特性および極めて高い面内熱伝導性と機械的強度を備えています。これらの特性は、数多くの産業用途の可能性を示唆するものです。

世界的な特許の動向 ― 全体像

グラフェン関連発明の世界的な特許の動向を調べるにあたり、発明の名称、要約およびクレーム(以下、「T/A/C」という)のいずれかに用語「グラフェン」を含んでいる、公開された特許出願および付与された特許の調査を行いました。T/A/Cに基づく調査により、グラフェンが明細書のどこかに言及されただけの文献ではなく、発明の中核にグラフェンが関係している可能性のある文献に焦点を絞ることができます。

図1に示されている結果において、濃い緑色は、出願日に基づく、T/A/Cに用語「グラフェン」を含む世界中の特許出願の件数;さらに薄い緑色は、特許公告日に基づく、同じ基準に従う世界中の特許付与の件数を示しています。

図1:T/A/Cに用語「グラフェン」を含む、世界中の特許出願と特許付与の件数

2008年まで、グラフェン関連発明の特許取得活動はかなり少ない状態でした。おそらく2004年にグラフェンが最初に分離された後、R&D活動が実を結び始めるまでに時間が必要だったためと思われます。

2008年から2012年にかけて年間出願件数が急速に伸びたものの、2013年には相対的な安定期に入っています(おそらく2007‐2008年の世界的金融危機の後、R&D支出が削減された影響でしょう)。2014年以降、年間出願件数は着実に増え、2018年にピークに達した後、わずかに減少しています。それゆえ出願の減速は、新型コロナウイルス感染症の直接的な影響ではないようです。

ご覧のように、出願件数と同様、年間の特許付与件数が増加し始めるまでに、2008年から2011年まで約3年間のタイムラグがありました。

年間特許付与件数が年間出願件数よりも少し勾配が緩いのは、各特許庁が出願の審査に要する時間、さらに拒絶その他により特許付与に結びつかない出願の割合が影響しているためと思われます。

特許付与件数は年々着実に増加し、2021年には14,000件を超えています。

それゆえグラフェン関連発明に対する世界の関心は一貫して高いと、当事務所は見ています。つまり、グラフェンゴールドラッシュは減速しているものの、まだ終わってはいないということでしょう。

世界的な特許の動向 ― 法域別

ここでT/A/Cに「グラフェン」を含む出願と特許付与を法域別に考察すると、図2に示されているように、中国での特許活動が突出していることが分かりました。中国国家知識産権局(CNIPA、中国特許庁)は、他の五大特許庁(IP5:世界で最も大規模な5つの知的財産庁)を合わせた件数よりも多くの出願を処理しています。

図2:五大特許庁ごとの、T/A/Cに「グラフェン」を含む特許出願と特許付与の件数

中国に提出された膨大な数の出願を考慮し、中国が含まれているこれらの特許ファミリーの出願法域について掘り下げてみました。その結果、世界中のグラフェン関連ファミリーの約70%[1]が、中国以外に単一のファミリーメンバーを含んでいないことがデータから判明しました。つまり世界的出願統計データにおける中国の優位は、主として中国の出願人による国内特許出願の提出によって牽引されているのです。

さらに注目すべき点として、全ての主題を通じて韓国、欧州および日本の特許庁は毎年ほぼ同数の出願を受理しているにもかかわらず、韓国におけるグラフェン関連の出願件数は、欧州と日本のほぼ2倍になっています。

特許付与率 ― 法域別

法域ごとの出願と特許付与に関するデータに基づき、現在までの特許付与率(即ち、全期間にわたる出願件数に対する特許付与件数の割合)も判断できます。図3のグラフは、五大特許庁の現在までのグラフェン関連の特許付与率と、これに関連して、五大特許庁ごとの2020年の平均特許付与率[2]を示しています。ただし、データに反映された各特許庁の審査スピードが異なるため、全ての出願が達した結果(特許付与または拒絶など)ではないことをご承知おきください。

図3:五大特許庁ごとの、T/A/Cに「グラフェン」を含む出願の現在までの特許付与率vs全体的な特許付与率

グラフェン関連発明に関して、最も特許付与率が高いのが米国の59%、最も低いのが欧州の34%で、他の全ての五大特許庁より著しく低い割合でした。これに関連して、2020年におけるUSPTOの全体的な特許付与率は78%、EPOは64%でした。要するに、グラフェン関連分野で特許を取得するのは総じて難しく、とりわけ欧州では難しいようです。

EPOにおける現在までのグラフェン関連の特許付与率が明らかに低調な要因としては、EPOが未処理案件を抱えていること、さらに他の五大特許庁と比べてEPOにおけるパンデミックの影響が実際に大きかったことによる処理の遅延が考えられます。

また、EPOは材料関連の出願を厳密に審査するため、米国などの法域と比べて、開示の明瞭性と十分性および進歩性の証拠提出要件を特に重要視する傾向があります。そのためEPOに提出する出願明細書を作成する際は、欧州の特許要件を念頭に置くことが極めて重要となります。

付与された特許の詳細

ここからは付与された特許を詳細に考察していきます。図4のグラフにおいて、黄色は、T/A/Cに「グラフェン」を含む付与された欧州特許;ピンクは、独立クレームに「グラフェン」を含む付与された欧州特許;さらに紫色は、T/A/Cに「グラフェン」を含む世界中の付与された特許を(右側の軸に沿って)示しています。

用語「グラフェン」を含む独立クレームを考察することにより、グラフェンがその特許発明の本質的部分かどうかを判断できます。

欧州では、T/A/Cに「グラフェン」を含む年間特許付与件数は、2012年から着実に増加していましたが、2020年にピークに達し、それ以降は約10%ずつ減少しています。独立クレームに「グラフェン」を含む年間特許付与件数も、2012年以降さほど急速ではないものの着実に増加していましたが、2018年に安定期に達し、2020年まではそのままの状態で、2021年にわずかに減少しました。

近年の欧州での伸びは停滞気味である一方、先述したように紫色で示された世界的な動向では伸び続けています。欧州における審査と特許付与の遅延は、パンデミックの影響によるものと思われます。加えて、または代わりの要因として、世界中の出願人の好みや、欧州法域が出願人の活動にとって重要とみなされるかどうかも関係しているかもしれません。

図4:T/A/Cのいずれかに「グラフェン」を含む欧州特許付与vs独立クレームに「グラフェン」を含む欧州特許付与vs T/A/Cのいずれかに「グラフェン」を含む世界中の特許付与

欧州における特許付与の統計データを分かりやすくするため、図5のグラフは、独立クレームに「グラフェン」を含む特許付与件数を、T/A/Cに「グラフェン」を含む特許付与に対する比率として、即ちT/A/Cに「グラフェン」を含む欧州特許付与に対する、独立クレームに「グラフェン」を含む欧州特許付与の比率を示しています。

図5:T/A/Cに「グラフェン」を含む欧州特許付与に対する、独立クレームに「グラフェン」を含む欧州特許付与の比率

2008年以降、T/A/Cに「グラフェン」を含む欧州特許付与に対する、独立クレームに「グラフェン」を含む欧州特許付与の比率は、明らかに1年を除いて毎年減少しており、厳密には2008年の1から2021年の0.37まで減少しています。したがって、発明の名称、要約およびクレームのいずれかにおいてグラフェンに言及する欧州特許は、ますます独立クレームにグラフェンを記載しなくなっています。これが示唆しているのは、特許付与されたグラフェン関連発明において、グラフェンが本質的特徴ではなくなってきており、おそらく発明を実施可能な多くの方法のうちの1つに過ぎなくなってきているということでしょう。

出願人

グラフェンイノベーションを牽引する出願人とは? 図6は、T/A/Cのいずれかに「グラフェン」を含む出願件数に基づく、全期間にわたる世界中の上位10位の出願人を示しています。

図6:T/A/Cに「グラフェン」を含む特許出願に関する、世界中の上位10位の出願人

SamsungとLGは、明らかに他を大きく引き離した上位2位の出願人であり、上位10位のうち他の8出願人を合わせた件数とほぼ同数の公開出願を有しています。Samsungは、LGより31%多いグラフェン関連出願を提出しています。

欧州について詳しく考察するため、図7は同じ基準、即ちT/A/Cにおける「グラフェン」に基づく、全期間にわたる欧州における上位10位の出願人を示しています。

図7:T/A/Cに「グラフェン」を含む欧州特許出願に関する、上位10位の出願人

ここでもSamsungとLGが上位2位の出願人です。ただし、LGがSamsungを上回っており、Samsungより50%以上多いグラフェン関連の欧州出願を提出しています。

さらに欧州における上位10位の出願人の分布は、より平坦でさほど極端ではないように見えます。この傾向は上位25位まで続いており、上位11位から25位の出願人は、ほぼ同数の出願を提出していました。

結論

グラフェン関連発明に対する世界的関心は、一貫して高いように見えますが、グラフェン関連発明におけるグラフェンの本質的な重要性は、時が経つにつれて減少しています。それゆえグラフェンゴールドラッシュは、まだ終わってはいないものの、減速していると言えるでしょう。

中国は出願活動の主要な目的地ですが、中国に提出されたグラフェン関連出願は、外国のファミリーメンバーを持たない傾向があります。世界的に見て、さらに欧州においても、SamsungとLGが最も多くのグラフェン関連出願を提出しています。

欧州におけるグラフェン関連出願の成功率は、他の五大特許庁より低いようです。つまり、この分野のEPOにおける特許出願の明細書を作成し審査を進める際は、材料のスペシャリストである代理人を使い、目標とするアプローチを策定し、最新の判例法とベストプラクティスを考慮に入れることが極めて重要となります。

[1]これは非ラテン系領域(中国、日本、韓国、台湾、ロシアなど)の入手可能な英語の要約に基づく概算です。なぜならこれらの領域の機械翻訳されたクレームは、「carbon」と「graphite」を「graphene」と誤訳している可能性があるためです。

[2] IP5統計報告書 2020年判、p.68、 www.fiveipoffices.org