UPC控訴裁判所の最初の判決:UPCにおける進歩性の評価にとってどのような意味を持つのか?

By Joseph Lenthall, パートナー

10X Genomics社とNanostring Technologies社との特許紛争において、進歩性の欠如を理由に仮差止命令を覆したUPCの控訴裁判所の最初の判決について、さらに欧州における今後の特許有効性評価への潜在的影響について、ジョセフ・レントールが詳しく解説します。

連絡先

ジョセフ・レントール
主題専門家 | UPC代理人

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重要なポイント

  • UPC控訴裁判所の最初の判決は、仮差止命令に関する判断において、10X Genomics社により主張された特許のクレーム1は「おそらく…自明であると判明する可能性の方が高い」と認定しています。
  • 控訴裁判所は進歩性に関して事実を再考し、当業者は先行技術に基づき、先行技術文献Gȍransson を修正してクレーム1に到達するよう動機づけられたと結論づけ、第一審裁判所の判決を覆しました。
  • 控訴裁判所は、第一審裁判所が進歩性に対するEPOの課題解決アプローチに従ったことについては支持も批判もせず、どれほど多くの専門家証拠を考慮したかについても明確にしませんでした。

序文

UPCの控訴裁判所は最近、同裁判所初の判決を言い渡しました。この判決は、Nanostring Technologies社を相手取りEP4108782を主張する10X Genomics社のために仮差止命令を認めたミュンヘン地方部の第一審判決を覆すものでした。

控訴裁判所はこの判決において、10X Genomics社により主張された特許のクレーム1は「実体的事項に関する審理においておそらく…自明であると判明し」、ゆえに「進歩性の欠如を理由に無効であると判明する可能性の方が高い」と判示しました。

この記事では、特に進歩性の評価に焦点を絞って解説します。

紛争の背景

10X Genomics社(特許権者Harvardのライセンシー)は、この紛争においてNanostring Technologies社を相手取り欧州単一特許EP4108782を主張し、Nanostring社の“CosMx”製品による直接および間接侵害を申し立てました。当該特許は、細胞および組織サンプル中の複数の検体(タンパク質、ペプチド、RNAなど)を検出する方法に関するものです。

10X Genomics社は2023年6月1日(UPCの初日)に、Nanostring社に対する仮差止命令を申請し、ミュンヘン地方部は 2023年9月19日に判決を出しました。この詳細な判決(100ページを超える)は、10X Genomics社のために仮差止命令を認めるべきだと結論づけていました。Nanostring社はこの仮差止命令判決を不服として控訴し、控訴裁判所の審理が2023年12月18日に開かれました。

控訴裁判所の判決

控訴裁判所の判決は、主として同裁判所の結論に到達する時点における当該特許の有効性に焦点が絞られています。とりわけ第一審判決が覆される大きなターニングポイントとなったのが、先行技術文献Gȍransson(“D6”ともいう)のin vitro方法を、細胞または組織サンプルを伴うin situ方法に応用することが自明であったかどうかでした。

クレームに記載の方法

簡単に言うと、当該特許のクレーム1は、複数の検出試薬と共に細胞または組織サンプルをインキュベートすることにより当該サンプル中の複数の検体を検出する方法に関しており、各検出試薬は(i)検体の1つに結合し、以下の(ii)の部分配列に接合できるプローブ試薬と、(ii)デコーダプローブとハイブリダイズさせるように設計された部分配列とを含んでいます。デコーダプローブは、検出試薬の部分配列とハイブリダイズするよう設計されており、信号シグネチャを伴う検出可能なラベルも含んでいます。

この方法は、デコーダプローブのセットを部分配列とハイブリダイズすることにより、時間的に順番に部分配列を検出し、信号シグネチャを検出し、信号シグネチャを除去し、さらに異なるセットのデコーダプローブを用いて一連のハイブリダイゼーションと除去を繰り返すことを明記しています。

このように当該方法は、単一の細胞または組織サンプルにおける複数の標的の検出と視覚化を可能にします。クレーム1の具体的な表現は以下の通りです。

細胞または組織サンプル中の複数の検体を検出するための方法であって、

a)前記細胞または組織サンプルを固体支持体上に載置し、

b)前記細胞または細胞サンプルを、複数の検出試薬を含む組成物と接触させ、ここで前記複数の検出試薬は、検出試薬の複数のサブポピュレーションを含み、

c)前記複数の検出試薬が前記検体に結合するのに十分な時間の間、前記細胞または組織サンプルを前記複数の検出試薬と共にインキュベートし、

 前記複数の検出試薬の各サブポピュレーションは異なる検体を標的とし、前記複数の検出試薬の各々は、前記複数の検体のうちの1つの検体を標的とするプローブ試薬と、1つまたは複数の所定の部分配列とを含み、前記プローブ試薬と前記1つまたは複数の所定の部分配列とが共に接合しており、

d)前記1つまたは複数の所定の部分配列を時間的に順番に検出し、

 前記検出は、

  (i)デコーダプローブのセットを前記検出試薬の部分配列とハイブリダイズさせ、ここで前記デコーダプローブのセットはデコーダプローブの複数のサブポピュレーションを含み、前記デコーダプローブのサブポピュレーションの各々は検出可能なラベルを含み、前記検出可能なラベルの各々は信号シグネチャを生成し、

  (ii)前記デコーダプローブのセットのハイブリダイゼーションによって生成される前記信号シグネチャを検出し、

  (iii)前記信号シグネチャを除去し、

  (iv)異なるセットのデコーダプローブを使用して(i)および(iii)を繰り返して前記検出試薬の他の部分配列を検出し、これにより前記複数の検出試薬のサブポピュレーションの各々に固有の前記信号シグネチャの時間順序を生成し、

e)前記検出試薬の前記1つまたは複数の所定の部分配列に対応する前記信号シグネチャの時間順序を使用して前記検出試薬のサブポピュレーションを特定し、これにより前記細胞または組織サンプル中の前記複数の検体を検出する

ことを有する方法。

進歩性

控訴裁判所は、Gȍranssonが「サンプル中の標的分子を検出するための高速大量処理の光多重化方式を開発しようとしている…当業者にとって、極めて興味深いものだった」と考えました。第一審裁判所がEPC第56条に関連して最も近い先行技術の概念を考察したのに対し、控訴裁判所はEPC第56条には言及せず、最も近い先行技術というEPOの用語も明確には用いませんでした。これが意図的だったのかどうかは、はっきりしません。

Gȍranssonは、血液サンプルから単離された特定のゲノムDNA配列およびセレクタープローブからゲノムDNA環を形成し(i)、さらにそのDNA環がRCA(ローリングサークル増幅)により増幅される(ii)、または増幅された単一分子(ASM)を生成するために他の方法で濃縮される(iii)ことを記載しています。その後ASMは固定化され、顕微鏡のスライドガラス上にランダム配列が生成されます。当該配列に固定化されたASMは、55℃で揺らしながら1時間にわたりインキュベートされた後、サンドイッチプローブ、タグプローブ(赤または青)およびジェネラルプローブの順次ハイブリダイゼーションによりデコードされます。

控訴裁判所は、当該特許のクレーム1とGȍranssonとの唯一の違いが、細胞または組織サンプルではなく血液サンプルから単離されたゲノムDNAにより生成されたASMの使用であると考えました。ゆえに「ASMの検出にin vitro多重化方式を応用することに成功した後、次のステップはin situ環境への当該方式の移行を検討することだった」と、控訴裁判所は結論づけました。

控訴裁判所がこの結論を正当化する根拠として挙げたのが、(i)Gȍranssonの参考文献としてin situジェノタイピングに言及する学術論文と(ii)先行技術文献(Stougaard et al.、B30)であり、(ii)は「新規なプローブフォーマット」(「タートルプローブ」)を用いる非ポリアデニル化RNA分子の検出方法を記載しており、最初に「制御された環境」においてin vitroで実施され、これが成功した後にin situでも試験されて肯定的な結果を得たというものです。

対照的に第一審判決は、「このような動機づけは示されなかった」と考えました。とりわけ第一審判決は、「スライドに固定されたDNA」(Gȍranssonの場合)と「スライドに固定された組織サンプル」(当該特許クレームの場合)との「明らかな違い」を認めたとされる、Nanostring社の専門家宣言書に言及しています。第一審判決の解釈によれば、このNanostring社の専門家意見は、当業者であればGȍranssonの教示を細胞または組織サンプルに応用することに反対する理由はなかったであろう(さらに「成功に対する非常に高い期待」を抱いたであろう)という意味になっています。この意見は当該発明を知った後の回顧的見解(遡及的分析)に基づいていると、第一審裁判所は判断しました。

控訴裁判所判決には、Nanostring社の専門家意見(または10X Genomics社の専門家意見)への言及はありません。実際、控訴裁判所が専門家証人の意見を考慮したとしても、どの程度考慮したのかは不明です。

結果的に控訴裁判所は、「係争特許はおそらく、実体的事項に関する審理において進歩性の欠如を理由に無効であると判明する可能性の方が高い」ため、「仮差止命令を出す十分な根拠がない」と結論づけました。

この結論における「可能性の方が高い」という言及は、「当該特許が有効ではない可能性の方が高いという確率のバランスに基づいて裁判所が検討する場合、十分な確実性が欠如している」という控訴裁判所の前陳述から生じています(RoP規則211.2における仮処分を認めるために係争特許が有効である「十分な確実性」に言及している、判決の第5項a、27‐28頁を参照」)。この判決書は、証明の基準をあまりに高くまたは低く設定すると、第一審判決に従っていずれか一方の当事者に不当な損害を与えてしまうことを確認しています。

他の問題点

控訴裁判所のクレーム解釈へのアプローチは、EPC第69条およびその解釈に関する議定書に従っていました。基本的にクレームは、その厳密な文字通りの解釈に限定されてはならず、解釈の助けとして明細書と図面を用いるべきです。しかし、クレームは指針としてのみ機能するわけではありません。全体的に見て控訴裁判所のクレーム解釈は、たとえ明確に言及されなかったとしても、EPOの「合理的に最も広い解釈」に従っているように思われます。

新規性に関して、控訴裁判所は、Gȍranssonがクレーム1の新規性を損なわないという点で第一審裁判所を支持しましたが、その理由は少し異なっていました。控訴裁判所はそのクレーム解釈ゆえに、Gȍranssonにおけるタグプローブ(特許クレーム1のデコーダプローブ)との各ハイブリダイゼーションの間で行われるサンドイッチプローブ(特許クレーム1の検出試薬)の除去が、係争特許のクレーム1との違いであるとは考えませんでした。

解説

興味深いことに控訴裁判所は、UPCにおいて用いるべき進歩性評価の明確な方法を提示しませんでした。第一審判決は、EPOの最も近い先行技術および課題解決アプローチを指針としたように思われます。しかし、控訴裁判所の判決には、このアプローチへの支持も批判も示されませんでした。最終的に控訴裁判所は、先行技術に動機づけられて先行技術のin vitro方法がin situ方法に応用されたと結論づけたのに対して、同じ結論は後知恵によるもので容認できないと第一審裁判所は判断しました。

特許庁と裁判所は、客観的アプローチを維持し、主観的評価のリスクを軽減するために、進歩性に対する合理的かつ明確に定義されたアプローチを確立してきました。控訴裁判所が明確なアプローチを支持または設定してくれることで、将来の評価に確実性がもたらされるでしょう。

また、控訴裁判所の判決において、専門家証人の証拠への明確な言及がなかったことも気になります。専門家の意見は互いに相反しているので、そのような証拠は判決を下す際に役に立たないと、控訴裁判所が考えただけということもあり得ます。しかし、専門家証拠の重さについて指摘があれば、特に進歩性の評価における専門家証拠の重要性が当事者に伝わるでしょう。

もちろん控訴裁判所はこの判決において、仮処分を認める目的で有効性を評価していることを忘れてはなりません。この段階では、実体的事項に関する審理において、この有効性の評価がどのように変わるかは不明です。例えば、中間手続において争点の数を削減して、より多くの時間を口頭審理に充てるでしょうか?それとも控訴裁判所は進歩性の評価時に予想されるアプローチや専門家証拠の検討について、より明確に対応するでしょうか?

2024年2月末の時点でUPCには274件の事件が提起されており、2024年中に同裁判所から多くの判決が出され、これらの問題に対する回答も2024年中に明らかになっていくでしょう。

この記事は一般的な情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。この記事または統一特許裁判所に関連する他の主題に関して助言が必要な場合は、hlk@hlk-ip.comまたは担当のHLKアドバイザーまでご連絡ください。

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