UPC情報通の独り言

当事務所のUPCブログでは、統一特許裁判所の最新ニュースについて、とある情報通の見解をお届けします。

2024年7月1日:仮差止命令-長すぎる遅延期間ってどのくらい?

要約

UPCハンブルク地方部は、請求人が適時に提出しなかったという理由で、仮差止命令請求を却下しました。具体的には、被疑侵害に気づいてから請求を提出するまでの3か月の遅延を根拠に、「緊急に対処する必要のある案件ではない」と認定されています。

背景

先週末にUPCハンブルク地方部は、サッカーの審判員がオフサイドの判定に用いるVAR技術を対象とする、Ballinno社により提出された仮差止命令請求を却下しました。この仮差止命令が認められていれば、被告であるUEFAにとって大きな悩みの種となっていたでしょう。UEFAは現在、Euro 2024大会でKinexonグループ会社(別の被告)により提供されたVAR技術を使用しています。

要点

  • UPC手続規則(RoP)は、仮差止命令請求の提出期限を示しておらず、代わりに訴訟の緊急性を含む様々なファクターを考慮しなければならないと述べています。さらにRoPにおいて、当裁判所は「仮処分の請求の不当な遅延についても考慮する」と明記されています。
  • 一方、DysonとSharkNinja間の別の事件に関する先の決定において、UPCミュンヘン地方部は、被疑侵害に気づいてから仮差止命令請求を提出するまでの2か月の遅延が妥当であったと認定しました。
  • 本件と先のDyson v SharkNinja事件の決定は共に地方部の決定であり、UPC控訴裁判所は、まだこの問題について判示していません。これまでの地方部の決定から読み取れるのは、仮差止命令を請求するまでの2か月の遅延は許容可能であるが、これより長い遅延の場合、却下される恐れがあるということです。
  • 仮差止命令を認めるかどうかを判断する際に裁判所が考慮する別のファクターとして、係争特許と被疑侵害技術の複雑性が挙げられます。基本的に侵害の申立を裏づけるために複雑かつ詳細な分析が必要な場合には、被疑侵害に気づいてから仮差止命令請求を提出するまでの期間が長くなっても正当化されるでしょう。本件の場合、問題の技術はハンブルク地方部により複雑ではないとみなされたため、このファクターはBallinno社をアシストしませんでした。
  • Ballinno事件の不十分な緊急性に加えて、この仮差止命令請求は他の理由でも却下された可能性があると当裁判所は認定しています。例えば、係争特許がUEFAとKinexonグループ会社により侵害されたという主張の十分な確実性について、ハンブルク地方部は納得しませんでした。

ハンブルク地方部は、この決定に対して控訴する許可を双方の当事者に与え、Ballinno社が控訴しました。そのため仮差止命令を獲得する要件について、より明確性をもたらす決定がUPC控訴裁判所により示される可能性があります。

2024年6月11日:単一特許の範囲をルーマニアに拡大するための単一効の延期請求をEPOが認める

要約

2024年5月31日、ルーマニアがUPC協定の批准書を寄託しました。つまり、2024年9月1日をもってルーマニアは、UPCおよび単一特許制度に参加する18番目のEU加盟国になります。

要点

  • これによる一つの効果として、2024年9月1日以降に登録されるあらゆる単一特許は自動的に、現在UPC/UP制度に参加している17 EU加盟国に加え、ルーマニアにも適用されます。しかし、2024年9月1日までは、ルーマニアでの特許保護を要求するのであれば、付与された欧州特許を別個にルーマニアで有効化する必要があります。
  • 付与された欧州特許の所有者が、2024年9月1日以降に拡大される単一特許の地理的範囲の恩恵を受けられるように、欧州特許庁は現在、ルーマニアがUP/UPC制度に参加するまで単一特許の登録を延期する請求を受け入れています。
  • 欧州特許の所有者は単一効の申請時にこの延期を請求することにより、2024年9月1日の時点でUPC/UP制度に参加している全18 EU加盟国に適用される単一特許を確実に取得できます。

この問題または他の単一特許/UPC問題に関する詳しい情報については、当事務所の最新UPC情報を参照するか、upc@hlk-ip.comで当事務所の専門家までお問い合わせください。

2024年4月22日:手続言語の変更の決定に影響を及ぼすファクターをUPC控訴裁判所が明確化

要約

先週末にUPC控訴裁判所は、手続言語の変更請求について決定を下す際に考慮すべきファクターを明確にする有益な命令を出しました。当命令は、「全ての関連性のある状況を考慮に入れなければならない」と明記しています。さらに関連性のある状況とは「主として個々の事件および両当事者の立場、とりわけ被告の立場に関連するものでなければならず」、影響力が同等である場合は、被告に有利に考慮されると述べています。

当命令の特に有用な一つの側面は、関連性のある状況の事例がリスト化されていることです。かなり重視されているのが、EPOにおける手続言語、即ち特許が付与されている言語です。特許の言語が重視されることで、英語が主要言語である英国、米国その他の国を拠点とする出願人と代理人には有利に働くでしょう。欧州特許出願の大半は英語で提出されているため、UPCでの英語による手続遂行を支持する説得力のある主張が認められる可能性が極めて高いと思われます。

問題となった事件は、10x Genomics Inc.とCurio Bioscience Inc.間におけるUPC CoA 101/2024でした。Curio Bioscience社は本訴の被告です。

背景

UPCの地方部と地域部は、様々な言語で運営されています。各地方/地域部は、手続を遂行する際の唯一の言語または選択可能な言語として英語を指定しています。

UPCに請求を提出する際、請求人は手続言語を選択します(訴訟が提起されたUPC地方/地域部の選択による場合もあります)。一方の当事者の請求に応じて、第一審裁判所の裁判長は、特許が付与された言語を手続言語として使用することを決定できます。

要点

  • 特許が付与された言語を用いるかどうかの決定は、「公平性に基づいて」行われるべきです。所定の事件において何が公平かを決定する裁量権が第一審裁判所の裁判長に与えられているにもかかわらず、控訴裁判所は、公平性の趣旨および関連性のある状況について誤った解釈が用いられたという理由で、第一審判決を取り消しました(当命令の第19項から第21項を参照)。「関連性のある状況」の事例が提示され、その技術分野で最も使用される言語などが挙げられています。先行技術を含む、証拠の言語は、「特に関連性のある」事例です。両当事者の国籍または居住地も関連性があり、両当事者の相対的規模も関連性があります(関連性を認める上で、当事者の規模がSMEである必要はありません)。また、言語の変更により生じる恐れのある遅延も、関連性があります。これらの関連性のある状況は、当命令の第22項から第25項で考察されています。
  • その一方で、代理人の語学力は「概して重要ではない」のです。裁判官の国籍も総じて関連性がありません。その紛争に具体的に関連していない一般的な事実も、関連性は低くなります。訴訟手続の一例として、10x Genomics社はドイツ語を話すEU市民の相対的比率を根拠に、手続言語としてドイツ語の使用を支持しました。
  • かなり重視されているのが、特許の言語(即ちEPOにおける手続言語)です。特許の言語については当命令の第31項から第35項で考察されており、第34項は「原則として、さらに別の指針を示す具体的な関連性のある状況がない限り、訴訟の手続言語としての特許の言語は、請求人に対して不公平とみなすことはできない」と述べています。
  • 問題となった事件に関して控訴裁判所は、英語への手続言語の変更を求めるCurio Bioscience社の主張を支持しました。この主張における有利なファクターとして、特許の言語が英語であること、双方の企業が米国企業であること、双方の証拠の大半が英語であること、さらにCurio Bioscience社が10x Genomics社よりかなり小規模の企業であることが示されていました。したがって手続言語は英語に変更されました。

2024年4月15日:事件の当事者以外の者が登録局から訴答書面および証拠を入手できる時期について、UPC控訴裁判所が指針を示す

要約

UPC控訴裁判所は先週、訴訟事件の当事者ではない公衆が請求人である場合に、登録局に保持されている訴答書面および証拠を入手できる公衆の能力について、待ち望まれていた指針を示しました。結論から言えば、請求人が一般的利益の観点から当該資料を請求する場合、おそらく当該訴訟手続の進行中は認められないでしょう。その一方で、当該訴訟手続の終了時に、即ち判決が下されるか和解に達した場合に、そのような資料の入手が認められる可能性が高いと思われます。

この決定は、UPC事件の重要な資料を迅速に入手する能力を著しく制限しているため期待外れとなりました。

背景

2023年6月にUPCが業務を開始して以来、当事者以外の請求人によるUPC訴訟事件の訴答書面や証拠といった重要文書の入手が困難または予測不能であることについて、かなりの議論がなされてきました。このような入手手順は、UPC手続規則の規則262.1(b)に定められています。それによれば、UPC登録局への「正当な請求」により、当事者以外の者も証拠および訴答書面を入手可能です。報告担当裁判官が両当事者と協議後、決定を下すことになります。

決定の要点

この決定は、Ocado v Autostore事件における当事者以外の者からの資料請求に伴う、規則262.1(b)の解釈に関するものですが、当該請求の時点までにこの事件は和解されていました。

  1. 第一審において、当裁判所は請求された訴答書面と証拠の開示を許可しました。Ocado社はこの決定について控訴し、控訴裁判所は以下のように認定しています。
  2. 原則として、UPC登録簿は公共のものであり、UPC訴訟手続は一般に公開されている。
  3. 証拠と訴答書面を求める当事者以外の者からの請求に応じて、UPCは資料を入手する公衆の権利と訴訟事件の当事者の権利とを比較検討しなければならない(UPC協定の第45条に従う)。後者の権利は秘密保持や個人データの問題に係ると共に、例えば不正な請求であったり、セキュリティ上の問題がある場合など、訴訟手続の完全性の保護を含む、他の一般的利益の問題にも係わってくる。
  4. 公衆は訴答書面や証拠を入手できるという一般的利益を有するという点で、Ocado社も名前を削除された請求人も同意見でした。なぜならそれにより判決の理解が深まり、裁判所を監視できるからです。当事者以外の者の一般的利益は、判決が下された、または(本件のように)和解された後で生じると、UPCは判示しました。なぜならその時点になってはじめて判決を理解し、裁判所の立場を監視する必要が生じるためです。和解された場合、裁判所記録の入手により紛争処理について理解が深まり、科学的または教育的関心をもたらす可能性もあります。

この立場に従い控訴裁判所は、当事者以外の者からの影響や干渉を受けることなく、訴訟当事者が公平かつ独立した方法で自らの主張を提起できることを明確にしました。当事者以外の者がその事件に直接的な利害関係(一般的利益ではない)を有することを証明できない限り、訴訟手続の進行中は基本的に手続の完全性の利益だけが役割を果たすと、控訴裁判所は説明しました。例えば、当事者以外の者がライセンシーまたは競合者でもあるために係争特許の有効性に利害関係を有する場合は、直接的な利害関係が生じ、それが有利に働いて訴訟手続中に資料を入手できる可能性があります。

この記事は一般的な情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。この記事または他の主題に関して助言が必要な場合は、hlk@hlk-ip.comまたは担当のHLKアドバイザーまでご連絡ください。